2004年11月22日

歌川広重【浮世絵師】

●歌川広重

生没年:1797~1858 (寛政9年~安政5年)

別名で、安藤広重ともいう。

火消し同心・安藤源右衛門の子として生を受ける。

幼名は徳太郎。
号は一遊斎、一幽斎、一立斎など。

風景画師としてよく比較される葛飾北斎との年齢差は37歳。


歌川広重の浮世絵師としてのキャリアは、15歳で歌川豊広に入門し美人画や役者絵を描いたことから始まりました。

また、岡島林斎から狩野派、大岡雲峰から南画を学びました。

当時流行していた美人画や役者絵。
流行していただけあって描く人も多い。
その中で、天保2(1831)年頃、「東都名所」を発表。
風景画として一歩抜きん出た才能を発揮し始めた広重。

ここから広重の名声は高まっていきます。

続いて送り出した「東海道五拾三次之内」。
これが物凄い売れ行きとなり、葛飾北斎(1760~1849)に取って代わる新世代の風景画家として名を馳せることになります。

他の大作としては、木曽海道六十九次があります。
これは渓斎英泉(1790-1848)と共同で描いた69の宿場を描いたシリーズものの浮世絵もので、当初は交互に宿場を描いていたようです。
しかし、次第に歌川広重の担当が多くなったとされます。

その画風は四季の変化に富む、日本の抒情溢れる風景が多く、各地の名所絵が多いのが特長です。

歌川広重の代表作品

歌川広重の代表作は「東海道五十三次」「名所江戸百景」


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江ノ島の浮世絵 歌川 広重