2004年12月02日

備前焼【伝統工芸】

岡山県備前市に生まれた備前焼
伊部焼とも呼ばれます。

●備前焼とは

日本古来の技法を今日に伝える、歴史ある伝統の焼き物です。
その歴史は千年を超え、古くは祭器として用いられ、現代でも日用品、茶器、置物などいつの時代にも使われ続けてきました。

日本六古窯(備前、瀬戸、常滑、越前、信楽、丹波)の一つでもあります。


●備前焼の歴史

その起源は古墳時代の「須恵器」まで遡ります。

須恵器といえば、日本の焼き物の最初に位置する焼き物。
日本全国で作られましたが、備前地方も主要な産地でした。

その製法が徐々に変化し、今の岡山県備前市伊部周辺に窯が築かれたのは鎌倉時代だとされます。

鎌倉時代からは主に山土を主体とした粘土による壷・甕・擂鉢が多く作られ、備前焼特有の赤褐色の焼き肌のものが見受けられるようになりました。

そしてこの頃、鎌倉時代の後半から室町時代の初期に、釉薬の技術が伝わってきました。他の焼き物はこの便利な釉薬へと流れ、「陶器」として発達するわけですが、備前焼はその技法を頑なに守ったのです。

その後、江戸時代になると藩の保護・統制もあり、小規模の窯が統合。
南・北・西に大規模な共同窯(大窯)が築かれたのです。
そして、窯元六姓(木村・森・頓宮・寺見・大饗・金重)による製造体制が整い、さらなる製造が続けられました。

しかし、江戸後期から明治期にかけて備前焼は低迷。
磁器などの台頭のためでした。

備前焼が再び勢いを取り返したのは、故金重陶陽が人間国宝に認定された頃からです。
その後、藤原啓、山本陶秀、藤原雄と人間国宝を輩出し、現在まで一度も煙を絶やさずに続いているのです。


●備前焼の特徴

備前焼の特徴は、上釉を使わず、備前土を松割木の炎で、長時間焼き上げる(焼き締め)ことにあります。
乾燥させてそのまま絵付けもせず釉薬も使わず焼きますので、土味が非常によく表れる焼き物です。
1200度近くもの高温で1~2週間も焚き続けられる窯の中で形作られるその景色は、まさに炎と土の芸術ではないでしょうか。

飾らない素朴さと無骨さを感じさせるところが、魅力の一つなのかもしれません。

焼いた後の景色は大きく、胡麻・棧切り・緋襷・牡丹餅に分けることができます。

また、昔から花瓶の花を長持ちさせたり、水やお酒をまろやかにおいしくするなどの言い伝えが残されています。


関連リンク:

備前焼とは(胡麻・棧切り・緋襷・牡丹餅の景色を見ることが出来ます)

備前焼の紹介(備前焼祭りの様子をアップされています)



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