2005年09月13日

九谷焼【伝統工芸】

●九谷焼とは

「ジャパンクタニ」(九谷庄三の彩色金襴手)として、国際的にも有名な九谷焼

特徴でもある色絵装飾の美しさを彩るのは五色の絵具。
赤・黄・緑・紫・紺青の五色を指し、これを「九谷の五彩」と呼びます。
「呉須(ごす)」とよばれる藍青色で線描きしたの後、九谷の五彩で山水、花鳥などを描いていきます。

九谷焼の歴史は江戸時代初期の頃(1650年代)へとさかのぼります。

加賀藩の支藩であった大聖寺藩の藩主、前田利治が領内の九谷の金山で焼き物にあった鉱石が発見されたことに注目し、錬金の役を務めていた後藤才次郎に色絵磁器を焼くことを命じたのが始まりとされています。

その後、九谷の窯は1730年頃突然閉じられます。
今もってその理由は謎です。
そして、この間までに焼かれた九谷焼のことを、「古九谷」といい、日本の色絵磁器の代表として高く評価されています。

その後九谷焼は再興され、年代ごとに名前が称されています。

古九谷(約350年前)
木米 (約200年前)
吉田屋(約180年前)
飯田屋(約170年前)
庄三 (約160年前)
永楽 (約140年前)

中でも有名なのは、庄三。
古九谷・吉田屋・赤絵・金襴手のすべての手法を間取り方式で取り入れ、配置よく焼きもの施したこの手法は、明治以降の産業九谷の主流となりました。


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